あの頃の君にあって、今の君にないものなんてないさ

20代のほとんどは無気力に終わりました。惰性で生きちゃってるなー、とりあえずあらゆるストレスから最大限逃げ続けて時期がきたら死んだらいいわーくらいに考えていました。自分の身の回りに起きた不幸な出来事ばかりに思いを馳せて、そのせいにして自分は壊れてると思い込んでいました。ふわふわと周りの言うことに流されて、正しさを求めるがあまりに疲弊してしまったんだと思います。調子に乗ったら落ちた時が辛いというジンクスが自分の中であって、それを信仰しすぎていました。

さびしくてたまらないシーズンがありました。自分の周りに人がいない、自分には価値がないと思うようになっていました。それを改善するために友達を作ろうとしても、目的がずれていて友達だと思える人ができませんでした。当然のことです。

自分の生きづらさ、しんどさ、頭の悪さそれはみんな悪だと思っていました。絶対的に、社会的に不適合だと思い込んでいたので、上の人を見るのが辛かった。大学生とか、働いている人、結婚している人たちと話すこと自体辛かった。コンプレックスしか感じなかったから。

発達障害と診断を受けたこと、ひとりになったこと、会社をクビになったこと、家を少し離れてみたこと、年齢がもう戻れないとこまできたこと。全部、今までの私なら悲観していたはずだったことなのに、それがプラスに働いてると今思う。環境を変えること、自分に折り合いをつけることで、楽になった。結局環境のせいでも、自分の能力のせいでもなく考え方一つで視点は違って見えるって身をもって体験した。

最近の課題は、自分に自信を持つことです。周りの人にとにかくなんでそんなに自信がないのかと言われる。これはもう経験を積むことでしか解決できない気がしているので、荒治療になるけれどどんどん外に出て行くしかないと思っています。

会社の面接で勢い余って、将来フリーランスで生活したい!と言い放ってしまって、正直フリーランスで生活するっていうことの本質もわかってないのにやっちまったな〜といった感じです。アホですね。ただ自分の力で生きてみたいという思いが強くなってきたのは事実です。外に出るようになって、いろんな生き方の人がいるんだなってわかって、仕事なんてお金もらうためにやるだけでやりたいわけない、退屈で当たり前、懲役みたいなものっていう考えを取り払うことができた。そんな考え方のときは好きなことを仕事にするとかもってのほかで、プライベートな時間が取れないことにイライラばかりしていた。好きな時にライブ行けるとかいう理由で休みやすい仕事ばかり選ぶから、低賃金ワーカーいつも自転車操業。親のすねかじり恥ずかしいしもう死にたいみたいなまた負のループが.... 働くことに意欲的になった方が、自分も楽できるってことがわかってきました。

別にフリーランスにこだわる意味も今の所はないんですが、いろいろ考えてるうちにもう結婚は無理だろうという境地にたどり着け(他人と共同生活無理だし旦那さんと子供がかわいそう)しかしそうすると親も孫が抱けないわけです。親不孝だなとつくづく思うんです。今実家に寄生していますが、これからどんどんいづらくなると想像できます。そうなると必然的に一人で食べていかなきゃならなくなりますよね?頼れる他人もいないし、実質生涯孤独状態ですよ。会社も安定している会社なんて正直ないし、あったとして私がそんなところにずっといられるなんて思っちゃいけないと思います。人材的にブラック人材だと自覚しているので。じゃあ結局自給自足するしかないなと思います。まだギリギリ、会社という組織に潜り込めて置いてもらって技術を磨かせてもらえるうちにできるだけ多くのことを吸収して、どこに行っても自分は何者か説明できて、自分の仕事と呼べる働きができるようになりたい。

私のかっこいいって思う人はみんな苦労を知っててがんばる人。人に優しく自分を低くするアメニモマケズみたいな人。さういうものに私はなりたい。

もしひとりでいても、技術とインターネットと話し相手があればなんとかなるかなーとまあまだ将来のこと甘く考えてます。なんだかんだ30歳まで生き延びたんで、死ぬときは死ぬわー精神はそのままだけど割と長生きしちゃうかもなーと思ってきたので年金も積み立てはじめましたよ。

まあまだ貯金なしなんですがね。この歳で貯金なしってほんとクズですね!

将来の大きな目標は自分の犬を飼うことになりました。犬を飼うって結構大変なんですよね。生き物だから、最近つくづく思います。なので、それができる大久保さんみたいな女性になれたら良いと思います。